| 2/23に本会議、一般質問を行いました。 |
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牧島議長のお許しをいただきましたので、私は、自由民主党県議団の一員として、通告に従い、提言を交えながら、順次、質問をさせていただきます。
知事ならびに教育長におかれましては、明快かつ、心のこもったご答弁をよろしくお願いいたします。
また、先輩、同僚議員におかれましては、しばらくの間、ご清聴のほどよろしくお願いいたします。
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| 1、福祉問題について |
| (1)ともしび運動について |
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質問の第一は、福祉問題について伺います。まずは、「ともしび運動」についてであります。
折しも、18年4月に「障害者自立支援法」の施行と、時を同じくして「ともしび運動」も30周年を迎えます。
この「ともしび運動」は、「障害のある人もない人も、高齢者も若者も、男性も女性も、国籍が違っても、すべての人が、自発的な社会参加を通して、心豊かに、生き生きと支えあって暮らすことができる『ともに生きる社会づくり』をめざす『かながわの県民運動』」として、昭和51年に、当時の長洲知事の提唱によって始まりました。
「ともしび」は、古い仏典である維摩経の中の一句、「燈々無尽」から引用した言葉で、「ひとりの胸にともった小さなともしびも、それを次から次へと点じてゆけば、尽きることなく広がって、太陽のように明るく暖かく、この神奈川を照らすことを確信する」という意味が込められたものであると伺っています。
私は、子供から高齢者まで、障害のある人もない人も、年齢、障害の有無、性別、国籍など、様々な違いを互いに認め合いながら、誰もが自らが暮らす地域において、共に生き生きと暮らしていける、そのために、あらゆる個人・団体が、参加・協力して「共に生き、支えあう社会づくり」を実践していくことは、地域福祉における、大きな推進力であると確信しています。
一方、近年、様々な分野における構造改革が進む中で、福祉を取り巻く環境は、大きく変化しています。施設から地域へ、措置から契約へといった大きな流れの中で、さらには、ノーマライゼーションといった考え方のもと、高齢者や障害者など利用者が、自らの判断でサービスを選択し、地域で自分らしい生き方ができるようにと、様々な施策展開が進められております。
こうした福祉を取り巻く環境の変化を踏まえ、これからの社会のあるべき姿を展望するとき、「県民参加型福祉の創造」を目指した「ともしび運動」の崇高な理念は、30年の歳月を経てもなお、決して、光を失うことなく、ますます輝きを放っているものと考えます。この「ともしび運動」の中で展開されている事業の一つに「ともしび基金」があります。具体的な事業を一つ申し上げますと、福祉作文コンクールがあります。次代を担う小・中学校の、児童・生徒の皆さんに、作文を通じて「ともに生きる福祉社会づくり」について考え、学校での生活や、毎日の暮らしの中で「たすけあい」や「おもいやり」の心を育てて欲しいと願い、実施されています。毎年、400を超える県内の小・中学校から、これまで、実に39万1千点もの作品が寄せられております。私も、これまでの入選作品集を何冊か読ませていただきました。どの作品も、とてもすばらしく、思いやりとやさしさにあふれており、多くの人々の心を暖め、地域を明るく、ともし続けてきたこの運動の理念が、次代を担う多くの子どもたちの心の中に、しっかりと育まれていることを、とても嬉しく、また誇りに感じながら、大きな感動をもって読ませていただきました。
このような素晴らしい運動は、将来に向けても継続すべきであると考えます。
そこで、知事にお伺いいたします。
「ともしび運動」の今後の取り組みを展望する時、30年という節目を迎え、これまでの取り組みを検証することも必要であると考えます。まず、尽きることなく歴史を刻んできた「ともしび運動」の、これまでの成果について、どのように評価しているのかお伺いいたします。
また、現在、「ともしび運動」の「今後のあり方についての検討会」も開催されていると伺っておりますが、30周年を機に、「ともしび運動」の新たな展開を期待したいところであります。
そこで、今後、この「ともしび運動」をどのように、発展・展開していくのか、併せて知事のご所見をお伺いいたします。
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| (2)新たな制度におけるコミュニケーション支援について |
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次に、福祉問題について、コミュニケーション支援の観点から伺います。
4月から、段階的に施行される「障害者自立支援法」には、文字通り、障害者の自立を、みんなで、地域で支えることが掲げられております。具体的に申し上げますと、国から示されたスキームの中に、「総合的な自立支援システム」として、「自立支援給付」と「地域生活支援事業」の2本の柱が示されています。この「地域生活支援事業」の中の「コミュニケーション支援」について伺いますが、特に、今回は、その中でも、課題を絞って「手話通訳者」と「要約筆記者」についてお尋ねいたします。
申し上げるまでもなく、「手話通訳」や、話の内容を聞き取りながら、その場で要点を文章化し、文字として伝える「要約筆記」は、聴覚障害者あるいは、中途失聴・難聴者の方々のコミュニケーション確保にとっては不可欠なものであり、自立した生活や社会活動を、より円滑に営んでいく上で、極めて重要な福祉サービスであります。
聴覚障害者の方々は、外見からは障害があることがわからないことから「見えない障害者」ともいわれております。
日常、ありとあらゆる場所で、様々な音声情報があふれています。しかし、残念ながら、聴覚障害者には、その情報が伝わりません。かつて、東海村で起きた放射能漏れ事故の際、広報車が町中を走り回っても事故の情報が入手できず、誰もいないコンビニで買い物をしていた聴覚障害者がいたことは、マスコミにおいても大きく報道されました。また、昨年、川崎市内において、男が、路上で道を尋ねたところ、その方が聴覚障害者であったため、そのかけ声に気づかず、無視されたと腹を立て、持っていたナイフで耳を切りつけたという痛ましい事件までもが発生いたしました。
私たち一人ひとりの、こうした障害に対する、さらなる理解の必要性と、コミュニケーション支援の重要性を、改めて痛感させられる出来事であります。
こうした中、先日、私は、神奈川県における聴覚障害者の方々の支援拠点である「神奈川県聴覚障害者福祉センター」を見学させていただきました。その時に、要約筆記者の養成講習会や難聴乳幼児の指導現場なども拝見いたしました。
先ほども、申し述べましたように、聴覚障害は、「見えない障害」とも言われており、こうした方々が日常生活を送るうえで、必要となるコミュニケーションを、十分に確保する必要があります。また、自らも情報を発信するためには、手話通訳者や要約筆記者などの派遣が必要不可欠であります。改めて、障害者のニーズをしっかりと受け止めたうえで、その人にあったコミュニケーション支援ができる人材の育成が、最も重要であると強く感じたところであります。さらに、聴覚障害者が「見えない障害者」と言われることを考えれば、直接的なコミュニケーション支援を行う福祉サービスの充実のみならず、教育や一般県民への普及活動などの取り組みを通して、聴覚障害者への理解を深めていくことも必要ではないかと考えます。
4月から、段階的に施行される、新たな制度のもとでは、聴覚障害者へのコミュニケーション支援についても、大きく改正がなされると伺っています。これまで、「大都市特例制度」により、横浜市や川崎市などの政令市や中核市が、それぞれ、独自に事業を実施し、都道府県と同じ役割を果たしてまいりました。しかしながら、新たな制度では、この「大都市特例制度」の適用が廃止されると伺っております。このような制度変更に伴い、手話通訳者などの育成をはじめとする人材育成は、これまで政令市が行ってきた養成事業を含めて、都道府県が実施することとされています。
さらに、具体的に申し上げれば、これまで、県、横浜市、川崎市、それぞれが実施し、実績を重ねてきた手話通訳者の養成研修などは、今後、横浜市や川崎市主体で行われるのではなく、全て県が行っていくこととなります。また、要約筆記者については、「要約筆記奉仕員」として位置づけられ、その養成を市町村と都道府県のいずれが実施するかは現在、国において検討中であると承知しております。こうした状況について、聴覚障害者や中途失聴・難聴者の障害当事者の皆様をはじめ、通訳者など、関係の方々から、制度改正に伴う様々な状況変化に対する不安の声が私のもとにも、数多く寄せられております。
言うまでもなく、障害の有無にかかわらず、すべての人々が平等に社会の構成員として、自立した生活や、社会活動を営むことを可能にするには、コミュニケーション支援が、絶対、不可欠であります。特に、聴覚障害者や中途失聴・難聴者の方々にとっては、手話通訳や要約筆記通訳の役割は、ますます重要となって参ります。
新たな制度における県の役割としては、「地域生活支援事業」を行う市町村に対する支援、となっておりますが、今後も、聴覚障害者や中途失聴・難聴者の方々への支援の中で、最も重要である手話通訳者及び要約筆記者の人材養成のスピードは、決して落とすことなく、なお一層進めていく必要があります。また、市町村が担っていくサービス提供事業についても、格差をなくしていく必要があるとも考えます。
そこで、知事にお伺いいたします。
県として新たな制度実施を見据えて、障害当事者のいだいておられる、いわゆる「変化に対する不安」を取り除き、自立と社会参加を、今後さらに推進していくための「コミュニケーション支援」のあり方について、どのように考えているのか。また、特に、手話通訳者及び要約筆記者を育成する研修事業の実施体制を、県として、どのように整備していかれるのか、県と市町村との役割分担も含め、お伺いいたします。
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| 2、教育問題について |
| (1)「スポーツマンシップ教育」について |
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質問の第二は、教育問題について伺います。
まずは、「スポーツマンシップ教育」についてであります。
昨今、「マンションの耐震強度偽装問題」「ホテルの違法建築」「ライブドアによる株式の不正取引」などの事件が相次ぎ、社会問題化しています。こうした事件は、安全な暮らしと、心の豊かさを求める私たちの望みを打ち砕くとともに、社会においても暗い影を落としています。このような事件の背景には、「自分さえ良ければいい」「法に則っていれば何でもできる」といった考え方が優先され、「他者への思いやり」が欠如し、基本的な規範意識の低下や、企業倫理の欠如が浮き彫りとなっているものと思います。人命よりも利益を、安全よりも効率を追求してきた結果が、多くの国民を不安に駆り立て、不信感を募らせているといった今の状況を招いていると言えます。
当事者意識、規範意識、モラルの欠如、様々な立場の人たちに対する共感や、他者への思いやり・やさしさ、といった感性が、心もとないほど、低下してきているといった危機感を痛切に感じる毎日であります。
偽装、偽計、粉飾、不正、不信、不安、背信、背任、さらには、いじめ、虐待、といった言葉が、連日、報道されております。
私たちは、こうした言葉を、一つひとつ、公正、公平、尊敬、信頼、共感、思いやり、やさしさ、いたわり、夢、希望、そして、勇気、といった言葉に、置き換えていかなければなりません。こうした責任を、今を生きる私たち、一人ひとりが担っているという自覚と問題意識を共有しなければならないと思います。
現代社会に蔓延しているこうした風潮は、大人社会のみならず、子供たちが生活を送る上でも悪影響を及ぼしていることは想像に難しくありません。
これまでも、子供たちの「心の教育」の重要性は、様々な場面で取り上げられ、学校、家庭、地域で一体となった取り組みが行われていると認識しています。その実践の一つに、スポーツを通じた子供たちへの教育があります。スポーツを通じた教育の素晴らしさは、承知いたしておりますが、それに加え、私は、子供たちに「スポーツマンシップ」の理念も併せて教えていくことが、たいへん重要であると考えています。「スポーツマンシップ」の理念を学ぶことは、その後の人生における人格形成や、規範意識の醸成に、大変重要な意味を持つことになると私は考えます。
この、「スポーツマンシップ」という言葉ですが、各種スポーツ大会での選手宣誓を例に挙げるまでもなく、言葉としては一般化しています。しかし、その本来の意味となると、自信を持って説明できる人は、なかなか、いないのではないでしょうか。
「スポーツマン」という言葉の意味や理解も、日本と欧米では、大きな認識の違いがあります。ちなみに「スポーツマン」を日本の辞書で引くと、「運動能力にすぐれた人」や、「運動競技の愛好者」などと書かれています。一方、英英辞典で引くと、そこにはGood Loser(グッド・ルーザー)「良き敗者」、あるいは、Good fellow(グッド・フェロー)、「良き仲間」と書かれています。
何故、このような意味となるのか。それは、スポーツの成り立ちから説明しますと、スポーツが成立するには、3つの要件が必要となります。それは、「相手」、「ルール」、「審判」の3つであります。この3つの要件を満たして、試合を行います。
勝つためにベストを尽くすことはもちろん、ルールを尊重し、相手を尊重し、審判の判定を尊重することによって、はじめて、試合の勝ち負けに、意味と価値が生まれます。勝って奢らず、負けても素直に相手を尊重し、称えることが出来る人、これが、真のスポーツマンであると言われています。
真のスポーツマンであるか、ないかの基準は、試合に負けた時の態度で決まります。「負けを素直に認め、それでいて、肩を落とすことなく堂々と、相手を称え、ひるまずに次に備えることのできる人」このような人が、グッド・ルーザー、「良き敗者」であります。「良き敗者」であることが、次には、「本当の勝者」になることができると考えられています。
スポーツマンという単語に関連して、英語に「He is a good sport.」という表現があります。これは、「彼は信頼できる人物だ」という意味であります。スポーツには「信頼」を示す意味があるのです。信頼できる人物は、つまり、先ほど申し上げました、Good fellow(グッド・フェロー)「よき仲間」であります。このように考えますと、「スポーツマンシップ」とは、突きつめていくと、尊重することであると考えられます。
ともすれば、勝ち負けに意識が集中し、勝つことだけが優先され、自己中心的となり、自分を見失い、フェアプレーの精神、スポーツマンシップはおろか、相手や、チームメイト、他者への思いやりすら失っている状況があるとすれば、大変大きな問題であります。しかし、これまで申し述べましたように、勝つためにベストを尽くし、相手を尊重し、ルールを尊重し、審判の判定を尊重するといった姿勢、負けても、肩を落とすことなく堂々と、相手を称え、次に備えることのできる、こうした真のスポーツマンシップを子供たちが身につけていくことが、極めて重要であると、私は考えます。
スポーツを、社会に置き換えて考えるとき、今、社会が抱えている人間関係の希薄化から生じる様々な問題を解決していくヒントが、スポーツの中にあり、このスポーツを通じた教育が、また、子供たちの未来を信じ、勇気と希望を与えてくれる、一筋の光をもたらしてくれるような気がいたします。
スポーツマンシップの求める「ルールを守ることの大切さ」や「相手を尊重する謙虚さ」は、人が社会生活を営んでいく上で、最も大切な社会規範であります。すなわち、社会生活を営む上で重要なことは、基本的なルールを守るということであり、また、社会の構成員であるすべての他者に対する、思いやりとやさしさを持つことであります。
子供たちが、真のスポーツマンシップを身につけるということは、一人ひとりの、豊かな人間性を育むこととなり、本当の意味での健全な社会の実現に繋がっていくものと確信いたします。
そのためには、まず、指導者自らがスポーツマンシップを正しく理解し、自分の言葉でスポーツマンシップの意義を子供たちに教えていく必要があると考えます。
そこで、教育長に伺います。
昨今の、世の中の風潮を考えますと、今こそ、学校はじめ、あらゆる機会をとらえ、「スポーツマンシップ教育」を実践すべきではないかと考えますが、県として、「スポーツマンシップ」をどのように認識し、どのように実践していこうと考えているのか、ご所見をお伺いいたします。
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| (2)魅力ある教師像について |
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次に、「魅力ある教師像」について伺います。
2005年4月17日、神奈川県が世界に誇れる偉大な教育者が、98年の生涯を閉じられました。その方の名前は、大村はま先生であります。1906年(明治39年)6月2日、横浜に生まれたことから「濱(はま)」と名付けられた大村先生は、昭和3年、22歳で初めて教壇に立って以来、52年間、国語を教えてこられました。この間、出会った生徒は、約5000人と言われ、1980年(昭和55年)74歳で退職されるまで、一貫して「子供の想像性(創造性)を引き出し、生きる力を育む教育」を実践し、「百年に一人の実践者」と讃えられ、戦後の学校教育をリードされて参りました。
先生の教育理念は、「しっかりとした考えをもち、それを伝える力をもった子供たちを育てる。」ということでありました。
また、先生は「指導すること」を「てびきする」といい、教えるということは、子供の手を引き導くことだと考え、毎回、授業の初めに、「学習のてびき」をプリントし、全員に配り、どんな順序で、何を学べばよいかを説明し授業を始めたと聞いています。『生徒に何が必要か、子供に応じて目的にかなった教材を選ぶことが教師の仕事、与えた教材や学習全体を価値あるものにするには、指導者が必要であり、その指導者が先生なんです。』ともおっしゃっています。
先生が、戦後間もない頃、すべてが焼け果て、何一つ教材のない時代に、いろんな物資や、荷物を包むのに使った古新聞をも利用し、教材として、使えそうな記事の端に解説を加え、それを100人分用意し授業を再開されたというお話は、特に有名であります。先生は、当時を振り返り、新聞を利用した教材を次々と手にとって、輝いた目で一心に読みふけっている子供たちを見つめながら、そこに、『ものを学ぶということ、少しでも成長したい、もっと自分を高めたいと願う心が、人をこんなに夢中にさせるものか、子供たちの澄んだ瞳と目の輝きを目のあたりにし、戦後の荒れくれた世界の中に、人間の人間たる一つの姿を見つけた。人間の尊さ、よりよいものを求める人間の人間らしさを、その時、見たような気がします。』と記しておられます。
大村先生、生誕100年の今年、先生の残された、ことばの一言ひとことの重みを痛感するとともに、改めて先生の示された「教育のありかた」「進むべき方向性」「教師のあるべき姿」について、深く考えさせられると同時に、驚きと感動を覚えた次第であります。
子供たちにとって、かけがえのない人生の中で、どんな先生に出会い、どんな言葉をかけてもらったかが、その子にとって、とても大切であります。「興味をもつことの大切さ」、「学ぶ喜び」のみならず、大村先生がおっしゃった「子供たちが生きていく力、生き抜く力をつけ、自信に満ちて、勇ましく次の時代を背負っていく力」が、まさに今、必要とされている「生きる力」であると思います。
そこで、教育長にお伺いいたします。
次世代育成が重要な課題となっている現在、教師の果たす役割は非常に大きいものであると考えます。子どもを教え、導く者として、魅力ある教師として、望まれる資質、身に付けておくべき資質とは何か、ご所見をお伺いいたします。
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| (3)指導力に優れた教員の認定制度について |
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質問の最後は、「指導力に優れた教員の認定制度」について伺います。
先ほど、教師に求められる資質について伺いました。
教育の難しさは、「教育」は、人によって行われ、「人」は、教育によってのみ変わることができるという点であります。人が人を育てるという「教育」の営みの重要な使命が、そこにあります。教育については、長年、議論され、今も議論され続けています。子供たちは、こうして議論している今も、施策の実施を待つことなく、日々刻々、成長していきます。教師の指導力の向上は、将来を担う子供たちに、大きな影響を及ぼすとともに、「神奈川の将来」「日本の未来」に直結いたします。
私は、この教師の指導力向上にあたっては、優秀な先生をきちんと評価し、意欲を高めてもらうことも重要であると考えます。
アメリカにおける評価の一例を紹介いたしますと、「全米最優秀教師賞」という表彰制度があります。この制度は、1951年に設けられた全米州教育長協議会(CCSSO)が主催する教育の最前線で、直接、児童・生徒を指導している現職の教師を対象とした、アメリカで最も古く、権威ある表彰プログラムであります。
毎年、全米約250万人の小・中・高等学校の教師の中から、唯一、一人が選出され、その受賞者は、ホワイトハウスにおいて、直接、大統領から表彰されるというプログラムであります。受賞者は、その後、全米各地を回り、教育実践の現場において、講演を行ったり、自らの体験をもとに本を出版するなど、最優秀教師としての表彰という個人への影響にとどまることなく、広く教育の裾野まで、そのノウハウが行き渡る素晴らしい取り組みであります。
現代社会においては、親と子、家族、学校と地域、先生と子供たち、先生と保護者、行政と市民、国と国など、あらゆる分野における「絆」の大切さが求められております。特に、教育の分野においては、先生と子供たち、先生と保護者、学校と地域など、相互の信頼を確かめ合い、より一層深めていく取り組みが求められているものと思います。
このような、時代の要請がある中にあって、私は、権威ある表彰制度のもとで認められた先生に教わる子供たちや、その保護者、そして地域の人たちは、その教師を誇りに感じると思います。このような関係の中から相互の信頼が生まれ、地域をあげて学校教育に対する理解と関心が高まっていく、といった好循環を生み出していく一つのきっかけにもなると思います。
私は、今後、指導力に優れ、日々、良い授業等を行うなどの実践を行っているような教員に対し、その実力を認定し、称号を与えるという、いわゆる「スーパーティーチャー」制度のような、新たな認定制度が必要ではないかと考えています。
こうした「スーパーティーチャー」制度を設けることで、教員本人の、教育に対するさらなる意欲の向上にもつながり、さらに、こうした気運は、県内、約4万4千人の教員全体の励みにもなり、教員間の良い意味での競争にもつながると考えます。
そこで、教育長にお伺いいたします。
本県では、いわゆる「スーパーティーチャー」制度のような指導力に優れた教員の認定制度について、どのような認識を持ち、今後、どのような対応をしていこうとしているのか、ご所見をお伺いいたします。
以上をもちまして、第一回目の質問を終わります。
ご静聴、誠にありがとうございました。
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| 〔松沢成文 知事 答弁〕 |
| 1、福祉問題について |
| (1)ともしび運動について |
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しきだ議員のご質問に、順次お答えいたします。
まずはじめに、ともしび運動についてお尋ねをいただきました。議員のお話しにもあましたように「ともしび運動」は、故長洲知事が昭和51年に提 唱されたものであり、以来30年の歳月が経過しておりますが、その理念は今日でも輝いており、大変すばらしいものであると認識をしております。
この運動のこれまでの成果に関する評価でございます。ともしび運動は、スタート以来、今日まで「ともに生きる福祉社会づくり」をめざし、福祉意識の醸成と県民の福祉活動への参加促進に向けて、県民運動として展開してまいりました。
具体的には、お話しのありました福祉作文コンクールのほか、ともしびポスター・絵本コンテストを実施し、毎年多数の応募をいただいております。また、障害のある皆さんの就労や社会参加の場である「ともしびショップ」についても、新規開設の支援などを行ってまいりました。
さらに、ボランティア活動の促進や高齢者の社会参加の支援などを行ってまいりましたが、これらの事業は、県民の皆さんからご寄付をいただいた約7億円を含む総額約22億円の「ともしび基金」により運営されてきたものでございます。
こうした「ともしび運動」の一つ一つの積み重ねは、共に支えあう意識を着実に育むとともに、多様な県民の支えあいの活動を生み出し、地域におけるノーマライゼーションの実現に大きな貢献をしてきたと考えております。
次に、30周年を機に、ともしび運動の今後の展開、発展についてでございます。現在、誰もが地域で自らの選択に基づいて生き生きとした生活を送れるよう地域福祉の推進が課題となっており、ともしび運動についても、この考えに沿った展開が必要であると考えております。
例えば、先ほど申し上げた「ともしびショップ」につきましても、障害者の就労と社会参加の場としてだけではなく、地域の様々な皆さんが交流し、新しい福祉コミュニティづくりを地域に発信していく拠点として、充実を図っていただきたいと思っております。
今日、急速な高齢社会の到来や外国籍県民への対応、さらには、子育て支援など、福祉のニーズが多様化する中で、地域では民生委員さんをはじめ、ボランティアやNPOの皆さんにより多様な活動が展開されております。
ともしび運動の今後の展開についても、時代の変化に合わせて、ともに生きる福祉社会が実現できるよう、こうした方々と力を合わせて推進してまいりたいと考えているところでございます。
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| (2)新たな制度におけるコミュニケーション支援について |
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次に、障害者自立支援法の下での、聴覚障害者に対する手話通訳や要約筆記などのコミュニケーション支援について、お尋ねをいただきました。
議員のお話にもございましたとおり、聴覚障害は、外見からは障害があることがわからない「見えない障害」であることから、社会生活を送るうえで、聴覚障害固有の不便さがございます。
制度の改正にかかわらず、コミュニケーション支援が担う意思疎通や情報伝達は、聴覚障害者や中途失聴者、難聴者の日常生活上欠かせないものであります。
手話通訳者や要約筆記者を派遣するコミュニケーション支援事業は、現在、実施していない市町村もございますが、新たな制度におきましては、すべての市町村が行うべき事業となってまいります。
県といたしましては、聴覚障害者の自立した生活とさらなる社会参加を促進するため、各市町村において、地域の状況にあった、必要なコミュニケーション支援が行われることが、何よりも重要であると考えております。
次に、こうしたコミュニケーション支援を推進するための、今後の手話通訳者、要約筆記者の養成研修の実施体制についてでございます。
議員からお話がありましたように障害者自立支援法では、福祉サービスに従事する人材の育成は都道府県の役割とされたことから、手話通訳者などを養成する研修は、今後、基本的に県が実施することとなります。
手話通訳などによるコミュニケーションの支援にあたっては、聴覚障害の特性はもとより、それぞれの方で違う独特の言い回しや癖などを十分に理解し、ご本人の意思や期待する情報を正確に伝えることが大切であります。
こうしたことから、これまで、長年にわたって取り組んできた政令市や市町村により培われたノウハウを、研修に反映させるべきであると考えております。
県といたしましては、これまで政令市でも続けられてきた研修の体制にも十分配慮した上で、本県の状況にあった弾力的な研修体制を整備し、当事者や関係者の方々の不安の解消に努めてまいりたいと考えております。
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| 〔引地孝一 教育長 答弁〕 |
| 2、教育問題について |
| (1)「スポーツマンシップ教育」について |
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教育関係について、お答えいたします。
まず、スポーツマンシップ教育について、お尋ねがございました。
教育委員会には、部活動で優秀な成績を収めた選手など、多くの高校生が訪問してくれますが、そのたびに目の輝きや真摯な態度など、そのさわやかな態度に心を洗われる思いがいたします。
また、先日開催された、第60回市町村対抗「かながわ駅伝」におきましても、地域を代表して「タスキをつなぐ」と言うよりは「心をつなぐ」中学生・高校生の力強く走る姿には、心を打たれるものがございました。
いずれも、彼らのスポーツマンシップが私たちに大きな感動を与えてくれたものと思います。
議員のお話にもありましたとおり、スポーツマンシップは、「ルールを尊重し、相手を尊重し、審判の判定を尊重する」精神でありますが、このように人々に感動を与えてくれるスポーツマンシップを、児童・生徒一人ひとりが学ぶことは、人間形成やより良い人間関係づくりの上で、大変意味があるものと考えております。
こうした認識から、学校では、体育の授業の中で「教えあったり、励ましあったりすること」や「ルールを守り、審判の判定に従い、勝ち負けを受け入れること」などを指導しております。
また、運動部活動を通して、より高い技能や記録に挑戦する中で、互いに協力して友情を深め、好ましい人間関係を築けるよう指導しているところでございます。
今後も、体育の授業や部活動はもとより、道徳や特別活動など、学校教育活動全体を通じて、規範意識の醸成や豊かな人間性の育成などに繋がる「スポーツマンシップ教育」を推進してまいりますとともに、
地域のスポーツ少年団などの指導者の方々に対しましても、子どもたちへの「スポーツマンシップ教育」の必要性について、様々な機会を通じて働きかけ、思いやりのある社会の実現に努めてまいりたいと考えております。
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| (2)魅力ある教師像について |
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次に、「魅力ある教師として望まれる資質について」のお尋ねがございました。
魅力ある教師像を考える際に、議員のお話にございました、本県出身の教育者、大村はま先生の業績を振り返ることは大変意義深いことと考えております。
また、教師像にかかわり、先般、関東学院大学が主催する「心に残る最高の先生エッセイコンテスト」の受賞作品を集めた冊子を読む機会がございました。その中で語られている教師に共通することは、子どもたちの能力を見出し、引き出し、前進させる姿であり、まさに「子どもの手を引き導いていく」、大村はま先生の指導に通じるものがございました。
教師が揺るぎない信頼を得るためには、指導の技術はもちろん大切ですが、そういったことの前に、何よりも人としての魅力、教育という仕事に対する強い情熱や使命感、子どもに対する愛情や責任感などが重要であると考えております。
魅力ある教師像につきましては「子どもが好きで、分かりやすい授業ができること」、「子どもの個性を大切にし、一人ひとりの思いや考えを汲みとれること」、そして、「愛情をもってしっかり叱れること」も大切なことであり、本県の全ての教員が、是非そうあってほしいと願っております。
実際に学校現場をまわってみますと、様々な教育課題を抱える中、現場の教職員は一所懸命頑張っております。その中で、ややもすると見失いがちな、はじめて教壇に立った時の清新な思いや、教育への情熱など、教師としての原点に時々は立ち戻るとともに、社会の変化や課題にも果敢にチャレンジしながら、日々の教育活動に取り組み、次代を担う子どもたちの育成に努めてほしいと願っております。
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| (3)指導力に優れた教員の認定制度について |
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最後に、指導力に優れた教員の認定制度についてのお尋ねでございます。
教育委員会では、学力の向上やいじめ、不登校などの問題が山積する中で、課題の解決に向け、頑張っている教員や実績を上げている教員を、きちんと評価することが必要であると認識しておりまして、その一環として教員の表彰制度を平成16年度に導入したところでございますが、さらに、議員のお話にもございました、いわゆる「スーパーティーチャー」制度を導入し、指導力に優れ、良い授業を実践している教員に対し、その実力を認定することは、教員のモラールアップに、より、つながるものと考えております。
また、こうした教員の優れた指導方法を他の教員に共有させ、一人ひとりの教員の指導力の向上を図り、本県の教育力全体を向上させることは、大変、意義があり重要なことと考えております。
そこで、今年度、教育局内に「スーパーティーチャー」制度についての検討会を設けまして、他県の事例の検証や、課題の分析を行ってきたところでございます。
こうした検討の中で、今後、制度を導入するにあたりましては、いくつかの課題もございます。
具体には、「模範授業や研修講師などスーパーティーチャーの担う役割と職務内容」をはじめ、「小・中・高校の各校種ごとの認定の方法や基準」、さらには、「給与上の位置付け」などがございまして、これらの課題の整理が必要であると考えております。
また、このスーパーティーチャー制度を実効性あるものとするためには、現場の意見も踏まえる必要がございます。そこで、今後、市町村教育委員会や学校現場を加えた検討組織を設置いたしまして、できるだけ早期に制度化できるよう検討してまいりたいと考えております。
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| 〔しきだ博昭 要望〕 |
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質問の中でもお話を申し上げました大村はま先生、大村先生のご著書の中の一説をご紹介をしながら、要望に変えさせていただきたいと存じます。
「仏様の指」というお話をご紹介したいと思います。仏様がある時、道端に立っていると、1人の男が荷物をいっぱい積んだ車をひいて通りかかった。そこには、そこは大変なぬかるみであった。車はそのぬかるみにはまってしまって男は懸命にひくが車は動かない。男は汗びっしょりになって苦しんでいる。いつまでたってもどうしても車はぬけない。その時、仏様はしばらく男の様子をみていましたが、ちょっと指でその車に触れた。その瞬間、車はぬかるみからぬけて、男は車をひいていってしまった。というお話であります。男は仏様の指の力にあづかったことを永遠に知らない。自分が努力してついにひきえたという自信と喜びでその車をひいていった。大村先生は,恩師からこういうのが本当の一級の先生なんだという話を聞かされ、大村先生はこの自信が将来生きていく強い力になる。本当の教育とは、この仏様の指のような働きでなくてはならない。と考え、決して見返りを求めることがない大きな愛情で生徒たちの心に生きる力をはぐくむことを誓われたということであります。
我が国のこうした教育に大きな足跡を残された大村先生の言葉であります。教育の重要性そして教師の果たすべき役割の大きさについて、学校・地域・家庭・行政、そして私ども議会が問題意識と課題を共有をしながら、共通認識のもとに、子ども達の成長にとって必要な施策、教師に求められる資質・指導力の向上に向けた取組、そして、新たな認定制度の導入など効果的な施策を自信と責任とそして誇りをもって速やかに実施されますよう改めて要望させていただきながら、私の質問を終わりたいと思います。
ありがとうございました。
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