「2003総選挙、鈴木恒夫 5回目の当選!」

  Report No.41(2003/11/11UP)
私も応援に駆けつけました。

  秘書として、これまで10年間お世話になった鈴木恒夫さんの5期目の当選をかけた第43回衆議院議員総選挙が終わった。
 折しも、衆議院が解散された10月10日は、県議会9月定例会の最終日であり、議会の控え室で、先輩・同僚議員とともに、過去3回秘書として迎えたこれまでと違った格別の思いを胸に、テレビに繰り返し映し出される解散の瞬間の議場の光景を見つめていたことを改めて思い起こします。
 10年間お世話になった鈴木恒夫さんへのご恩は、この選挙を通してお返しする以外にないとの思いを胸に秘め、能力・気力・体力、自分の持てる力のすべてを出し切ることを自らに言い聞かせ、自分自身との戦いでもある過酷な選挙戦がスタートいたしました。
 立候補の届け出から、ポスター・選挙ビラ・選挙ハガキ、事務所の看板や宣伝カーの準備、選挙公報や経歴放送など、秘書時代に私が担当していた諸届けや制作物などを担当する一方、小泉純一郎総理や、安倍晋三幹事長そして鈴木さんがかねて秘書を務めていた河野洋平元外務大臣(現衆議院議長)の来援に伴う準備など、短期間かつ慎重に対応しなければならない事柄が多く、大変苦慮したのが正直なところです。
 このたびの選挙は、自民党・民主党の二大政党を中心とした 『政権選択選挙』『マニフェスト選挙』などと呼ばれ、与野党一騎打ちの様相を呈し、戦前からこれまでにない極めて厳しい選挙戦になるとの見通しをもっていました。
 とくに、この春自らが身をもって経験したニュータウンを含む都筑区は、地縁血縁やしがらみに左右されない、いわゆる無党派層が多く、社会情勢に対する高い意識をもった有権者が多いこと、そして今なお著しい発展を遂げ人口の激増地域である点などを考慮しなければならないという難しさに加え、小選挙区における立候補者が自民・民主・共産の三党に収斂されたことなど、かつてない厳しさであったと思います。
 自らの所信を誠実に愚直に地域の有権者に訴え続けた鈴木恒夫さんの頑張りはもちろんのこと、市会・県会議員団一丸となった支援体制のもと、また地元の方々や学生さんなど心ある多くのボランティアの皆さんのお力添えにより、9万3千857名もの方々からのご支持をいただき、比例区南関東ブロックで5回目の当選を果たすことができました。
 残念ながら小選挙区で議席を獲得することができませんでした。『勝ちに不思議の勝ちあり、負けに不思議の負けなし』の言葉のとおり、私自身の力不足を反省するとともに、こうした都市部での選挙の難しさと、大きく変化してきた選挙のやり方を自分なりにもう少し時間をかけて冷静に分析する必要があると思います。
 ともあれ、鈴木恒夫さんには、これまでの経験を生かして、この国のため、子供たちの将来のため、国政の場で存分に力を発揮していただきたいと願います。
 多くの皆様からの熱いご支持に支えられ5期目の当選を果たされた鈴木恒夫衆議院議員の今後の活動を私もこれまでと同じように支えていくと同時に、鈴木恒夫さんの一層の活躍を心ある多くの皆様とともに期待しています。
 国会議員が超多忙で激務であることを、秘書として支えてきた私は誰よりも理解しているつもりです。鈴木恒夫さんには、これからも体に気を付けて頑張っていただきたいと思います。
 最後に、鈴木恒夫さんにご支援をお寄せ下さいましたお一人おひとりに私からも厚く御礼申し上げます。ほんとうにありがとうございました。


神奈川県議会議員 敷 田 博 昭
鈴木恒夫氏ホームページはこちらから・・・
http://www.tsunesan.org/


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